旅の思い出31「青空の下の地中美術館❶」

瀬戸内国際芸術祭②

深夜の高速道路とフェリーを乗り継いで相変わらずハードな旅は幕を開けたが、今回の旅がいつもの旅と違うところは基本的に移動はバスと徒歩が中心という事だ。
期間中の島々への車の乗り入れは禁止されていたし、「貧乏ケチケチ旅行」を信念とする我々にとってフェリーで車を運ぶ料金は法外と言っても過言ではない。(いつもの事だが)今回も体力勝負の旅になりそうだ。
フェリーを降りてすぐに「海の駅なおしま」と名乗る、瀬戸内の小島にはあまりにもモダンな建物が我々を迎えてくれた。まさに「アート」な旅が始まろうとしている空気だ…私は京都の芸大を卒業している事もあって芸術方面には疎遠では無いが、普段アートに接しているとは思えない他のメンバーとアートを巡るのは何か不思議な感覚だった。特に現代アートと総称される作品には、アーティストのコンセプトを聞くまで我々に何を伝えようとしているのか分かりにくいモノも少なくない。私自身はアートは感じるモノだという認識を持っているし、観る者によって「好き」と「嫌い」がハッキリ分かれるモノだとも考えている。果たして他のメンバーがインスタレーション(設置を意味する言葉、様々な素材で構成した空間自体も作品とする)などの作品を楽しむだろうか?むしろ「つまんねぇ」とか言い出して「帰りたい」などとワガママを言い出すのではないか?…そんな私の密かな心配をよそに他の2人は、我々の旅にしては珍しく晴れ渡った空を喜んでいた。
海の駅なおしまから我々が真っ先に向かったのは地中美術館だ。世界的に有名な安藤忠雄が設計した事で話題になったこの美術館には以前から一度行ってみたいと考えていた。…今回の旅に私がさほど抵抗せずに参加したのは、私自身が瀬戸内国際芸術祭に憧れていたという一面もある。…ただ、運転手として“利用”されるのが引っかかっただけだ。
バス乗り場で地中美術館直通のバスを待っている時には我々の他には1人の乗客だったのが気が付くと我々の後ろには長蛇の列が並び、我々がいかに丁度良い時間に直島入りしたかを物語っていた。バスに乗り込み降りる時の事を考えてバスの前の方に座った我々は、“すし詰め”の乗客で身動きが取れなくなった。誰かの為に席を譲ろうにも立ち上がる事も難しい程人間を満載したバスは、島の細い道をゆっくり走った。バスがカーブする度にバス内部の圧力が右に左に揺れるようで機材や荷物を抱えた私は押し潰されそうな気分だった。地中美術館はものの20分程度で着いたが、むしろ着いてからが大変だった。地中美術館の駐車場では、地中美術館入場券を買う為の整理券(ややこしい!)が配られており、3番目にバスに乗った我々は降りる乗客の流れに逆らえず、整理券をゲットする事さえ出来そうも無い。私は仕方なく待とうと考えたが、他の2人の中の「バーゲンセールは闘いだ」スイッチがオンになったらしく、人の洪水を掻き分けてダッシュし整理券をゲットした。2人とは仕事上で長い付き合いになるが、あそこまで俊敏な2人を私は過去に見た事が無い。
かくして「バーゲンセールのオバちゃん」状態で驚く程の俊敏さを見せた2人のお蔭で我々は13番目に入場券を買う事が出来るようだ…この“順番”には意味が無い事を知るのは、地中美術館が開館する10時を過ぎてからの事だが…


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