旅の思い出38「豊島の作品群」

瀬戸内国際芸術祭⑨

豊島のレンタサイクルで暫し悩んだ我々であったが、料金がさほど違わない事から電動アシスト付き自転車を借りる事にした。
この時の選択が大正解だった事を、我々は走り始めて15分で思い知った。港の近辺では平坦な道が続いていたが、ほどなく昇り坂になり我々は電動アシストというテクノロジーの恩恵を激しく感じた。私個人は京都に暮らす12年間を自転車移動で通していたのでペダルを回す脚力には自信があったが、昇り坂は徐々に角度を上げ、電動アシスト無しでは厳しい道が続いた。私は電動アシスト自転車というモノを使うのが初めてだったし、“自転車魂”的には「邪道」だと考えていたのだが、電動アシストのスイッチを入れペダルを踏み込むと私の体重が半減したかのように軽い…正直驚いたし感動した。道を行く我々は普通の自転車を借りた2人組の女性を優雅に追い越したが、坂道を四苦八苦して昇る彼女たちを見て(申し訳ないが)数百円の差額がここまでの差を生むのかと驚いた。

豊島の作品①

山道を自転車で走っていると、予告も無く突然作品(らしきもの)が現れた。自転車を停め写真を撮っていると近所の犬に激しく吠えられた。作品は民家の側に普通に展示してあり、それが作品かどうかも怪しい程普通に木の下に鎮座していた。「もしかしたら近所のオジさんの趣味の竹細工かも…」という疑念を抱きながら我々は次のスポットへと自転車を走らせた。

豊島の作品②

程なく我々は唐櫃岡集落という地域に到着した。ここには弘法大師・空海によって掘られたという伝説の残る「唐櫃の清水」があり、その側では青木野枝氏の「空の粒子」という作品が展示されていた。「空の粒子」というタイトルだけに個人的に青空と共に記録したかったのだが、朝からの曇り空はただ空を白く染めていた。しかし、錆びた丸い金属で構成された作品は、不思議と木々の緑に溶け込んでいた。まあ、我々の旅にしては珍しく雨に降られてないだけマシなのだが…

唐櫃岡集落

再び自転車を走らせた我々は、近くの集落での作品展示を探したが古い民家の連なる道には作品展示らしきモノは見当たらなかった。
自転車を停め、歩き回ってもそれらしき“家”は見つからない。連なる家々は古く、住民の姿も見かけなかった。まるでゴーストタウンのように静まった集落には生活の音が聞こえてこなかった。民家と民家の間の細い道を進むと突然標識が現れ、家プロジェクト「ストーム・ハウス」は我々の前に姿を見せた。
外観はまるっきり民家の佇まいだったが中に入るとやはり古い民家だった。我々鑑賞者は薄暗い畳敷きの居間に座り、ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラーという2人のアーティストが演出する「嵐の日」を体感する事になる。鳴り響く雷鳴、明滅する電灯、窓を流れる雨…私がこの作品で何よりも驚いたのは、遠い過去に私自身が体験した嵐の日を追体験しているような錯覚に襲われた事だ。
後で知って意外に感じる程、日本の生活を知らないであろう外国の作家が、見事に日本の古い民家で過ごす嵐の日を再現していた。私は幼い頃の体験を見ているかのような心地良いデジャヴを感じていた。出来ればいつまでもこの居間に座っていたい気分だった…


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